ヒロシマ、ナガサキ、オキナワの語り部の人々から

かつて、中学と高等学校で、「平和教育」を担当していました。修学旅行も中学は「東北」から「長崎へ」。高等学校は「京都・奈良」から「沖縄」へ変えました。もちろん、東北も京都・奈良も素晴らしい学びの地。ですが、今の時代の教育には「平和」とは何か、それを考える機会をつくることは学校の使命であると確信していたのです。

 

わたしのこども時代、父親が戦争で死線を越えて帰ってきた体験談を聴いていたのです。叔父たちもほとんどが戦死している。小学生の頃はベトナム戦争があり、その後も世界にはたくさんの紛争・戦争がありました。そして今も。

 

ふと、今、思い出します。かつて生徒たちに戦争体験を語り続けてくださったひとりひとりの優しい声、震える声、怒り、ゆるし、祈り。それらの人々はほとんど亡くなりました。わたしの父も母も。それらの人々を生徒たちはどのように思い出しているのでしょう。人生ではどのように意味があるのでしょう。

 

わたしたち教員が関わった生徒たち、今はもう50代にまでなっているでしょう。。。君たちに語り部の人々が残したものは一体、何であったのでしょう。

 

 

誰かの役に立ちたい思い・・

世界は不条理に満ちています。ウクライナ、香港、ミャンマー、そして今は報道されていない中東地域、アフリカ諸国なども含めて、世界の非人道的状況は、私たちの胸を痛めます。

ある専門家がこう言いました。「今回、欧米社会はじめ世界が平和を求めて動いています。しかし、かつてチェチェンの問題などでここまで私たちが心を動かなかった背景には、わたしたちの無意識の差別があるからなのではないか。」わたしたちの本質的な問題、自らの意識の在り方が問われる発言でした。

 

今、自分に出来ることは何か。誰かの役に立ちたいと。そう思う自分の意識の本当の姿に向き合う勇気を持たない限り、問題は何も変わらないとわたしは思うのですが、いかがでしょうか。

 

松本利勝

 

国家資格キャリアコンサルタント

産業カウンセラー

防災士

木の気持ち

何故、青梅の田舎に住まいを構えたか。それは美し森と川があるからです。そして福島の田舎に似ていたからでもありました。

吉祥寺の近くに勤務する学校があり、毎日長い時間をかけて通ったのでした。授業も楽しく、先生方や職員の皆さんとも愉快な関係を築けました。すばらしい日々でした。思えば、生徒には十分な授業ではなかったかもしれません。生徒に許され、受け入れられた日々だったのでしょう。特に、若き日は失敗ばかりの授業であったでしょう。中高生6年間のカリキュラム、教案を考えるだけでも大変な日々でした。そして気が付けば管理職。正直、自分には合わないと感じていました。やはり、授業が楽しい。

 

校長職を終えて、一度引退して青梅の山に隠遁したのです。しかしほどなく、飽きてしまいました。近所の中学のグランドを見ている自分に違和感を感じました。社会とのつながりがないということは、生きている実感がないということでした。働くということは、誰かのために役に立っているという実感であることを悟った瞬間でした。

 

そして、もう一度社会復帰しました。カウンセラーとキャリアコンサルタントの資格を取得して。そして、今多くの人々に出会う幸せを取り戻しました。素晴らしいキャリアコンサルタントがそばにいて支援してくれていることに感謝しつつ。

たけしさん、あの時はごめんなさい

学生時代は失敗の連続でありました。相手の気持ちも考えず平気で、行動していたものです。ある時、ちょっと贅沢して友人と新宿のとあるレストランで食事をしていました。

すると、わかき芸人のたけしさんも近くで食事をしていたのです。有名人など見たこともないので思わず、コースターを一枚持参して、「すみません。ファンなんです。サインいただけますか」と図々しく。彼は気持ちよくサインしてくれました。ですが、後に彼が出版した本の中で「食事中にコースターにサインしてくれという人がいて、とても嫌だった」と。その時はかなり親しい方とお二人でしたので。その文章を読みました時は思わず心の中で叫びました。「たけしさん、ごめんなさい。さぞ失礼な奴だとおもわれだでしょう。どうぞおゆるしください」と。

 

学生時代の失敗は、数限りなく。今、還暦を超えて思い出すのは、こうして人生の味わいをかみしめることができるのも、これまで迷惑をかけ、失礼を重ねてもそれを許してくださった多くの人々のお陰であると思います。

 

今、とある大学相談室で学生さんや教職員さんたちのお困りごとを聞かせていだたいていますが、ある程度、人の失敗も許せる自分になったかなと思うこの頃です。

大丈夫。何とかなる。

カウンセラーの心得として最も大切なことは、何でしょう。もちろん人それぞれですね。わたしは、人生にいかに向き合うか、その一点ではないかと思っています。人の悩みはそれこそいろいろですが、人様の人生の中にお邪魔させていただく際に、その自分の生き方、覚悟というものが問われるような気がしているからです。

覚悟。いかなる覚悟であるか。難解な哲学的、宗教的なものである必要は全くありません。そもそも難解にしか説明できないようなものは、真実ではないのだと思います。

一休さんが庶民に今でも愛されているのは、その誰にでもわかる言葉で、みんながにこっとしてしまう日常生活の姿、心持にあったからでありましょう。

専門家ではありませんので真偽のほどはわかりませんが、遺書は「大丈夫。何とかなる」だったとか。そのような逸話が語り継がれるぐらい、愛されていたということでしょう。その言葉に一休さんの人生、つまりわたしたち一般庶民を愛し、慈しみ、最後までこの宇宙を突き抜けるような明るさ、すがすがしさを感じます。

カウンセラーはそのような心持で生きていることが理想ではないかと思いますが、皆様いかがでしょうか。

大丈夫。何とかなる

カウンセラーの心の中

カウンセリングには、メンタルヘルス系とキャリア系のふたつがあります。わたしは依頼先の要望に応じて、それぞれに対応いたします。カウンセラー資格とコンサルタント資格の使い分けです。しかし、どちらも基本は同じ人間としてのリスペクト、そして傾聴です。すべての技法はこの観点なくしてあり得ません。コーチング、メンタリングという領域でも同じだと思われます。

 

 しかし、これは簡単なことではありません。いろいろな現場でも回数を重ねて経験豊かだから、上級資格を持っているから、というところだけでは通用しない現実があるのです。

その意味で、わたしたち専門職は絶えず、真摯に研鑽を積んでいくことが必要であることを実感しています。

 

 過日、あるところで出会ったクライアントさんは、家族との不和、離婚、転職、病を持つ方でした。カウンセラーとしてその心の痛みに思いを馳せながら、傾聴し続けることは自分自身の心の深いところでも共振してしまい、痛みを感じました。冷静さを同時に併せ持つことは大変な作業でした。常に、人生とは何か、生きること、命を終えることについて考えざるを得ないのがこの仕事だと思います。

 

 多くの心理系の学問は一応、様々に分類されますが、しかしそれは思考するうえ、理論的視点から便宜上のことで、実際は一人の人間の中では、ごちゃまぜに混沌としているように思います。安易に哲学的、宗教的になることは時に、逃避、思考停止、カルト的にもなりますから十分に気を付けなければなりませんが、理屈を超えた、まるごと不完全な自分を受容してくれる存在を知ることも必要かもしれません。大自然の中で、また仏像の前で、あるいは十字架の前でわが身を冷静に見つめることなども必要かと思うのです。そのことを心に止めながらこれからもカウンセリングに向き合いたいな、と思う今日この頃です。

スクールカウンセラーの本当のこと

教育現場のカウンセリングの真実。わたしはこれまで35年ほど学校教育に関わってきました。担任、主任、教頭、校長、不登校担当主任と立場はいろいろでした。神戸で二年、東京で30年、仙台で2年。そして今年から埼玉の大学で。カウンセラーとしては資格を取得してからのこの5年くらいでしょうか。

学校のカウンセラー、いわゆるスクールカウンセラー臨床心理士、公認心理士、産業カウンセラーが採用されることが一般的ですが、その立場の多くは非常勤で週に2回から3回程度。時給は学校により異なります。公立系は教育委員会の方針によりますけれど、学校を循環するカウンセラーがいる程度でしょうか。

スクールカウンセラーは児童・生徒・学生の声に耳を傾け、その命に寄り添います。しかし、そのことはカウンセラーひとりでできることではありません。学校現場には、その人を支援する様々な人々がおります。職員、教員、カウンセラー、管理職と立場が異なっても、その人を応援する気持ちは一つです。そこで大切なことは必要な情報交換ができる協力体制です。自分だけが持つ情報だけで、その人の置かれている状況、その支援し方が見えるわけではありません。カウンセラーの守秘義務は守ることは倫理的に当然のことですが、その基本は相談者の命に支援です。そのことのためには、他の人々とチームになって相談者を支援することは必須なのです。

かつてある私立校で不登校の生徒支援委員を担当してい時には、保健室、図書室、教頭、校長とは定期的に意見交換会を開いておりましたが、そこにカウンセラーの意見もしっかりと反映させていました。スクールカウンセラーの方はカウンセリングについては一定の知識、経験はありますが教育現場での担任等の立場などはご存じないので、このプロセスが必要だと判断されているからです。願うは相談者の生きんとする命の回復。